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The Future of Smart Farming
Audi Magazine, 2018
新しいテクノロジーの波は農業の世界にも大きな変化をもたらしつつある。ビッグデータの分析や自己最適化を実現するあらゆるシステムや実験装置は、「未来の農場」にとって重要な柱となり、食料生産の拡大・分散が可能になる。それは田舎の広大な農地における解決策だけではない。東京のような巨大都市と、そこに暮らす人々にこそ有効なイノベーションとなる。
植物工場が掲げる使命
現在、自給率の低迷という難題に直面している日本の農業。国内生産においていうと、人々の摂取量に対してわずか38%にすぎない。そしてその要因には、高齢化による農家の人口の減少や、台風や大雨、干ばつといった異常気象など、さまざまな現象が挙げられる。そういったあらゆる環境要因からの影響への対策として、今新たなソリューションが確立されはじめている。都市化や人工知能の導入、IoT技術の発展が、都市生活者が食料を共有するための新たな手段となり、実際の生活の場へと導入されつつある。
その革新的なソリューションのひとつに、農場を屋外ではなく屋内、つまり制御された工場の中につくるというアイデアがある。それは、作物の栽培に最適な条件を操作し提供する、人工光栽培の植物工場。照明、温度、湿度、栄養素などすべての技術が完璧に組み合わせられた、水耕栽培による野菜の流通だ。これによって私たちは環境への悪影響を受けることなく、都市で生活しながら、安心・安全・高品質な地産農産物を、一年中安定して食べることができるようになる。そして生産者である農家は、廃棄物の削減と資源の効率的利用することができる。さらにはこのような植物工場の普及によって、天候が不安定な場所や農産物の生産に不向きな地域も農業の拡大という展望をもてるのだ。
都市生活者が、自分たちの生活範囲の中で収穫された新鮮な農産物を入手できるだけでなく、これらの工場のチャレンジやイノベーションが、未来の食料システムを再形成する可能性を大いに秘めている。

都市生活と食の再考察
京都の中西部にある亀岡市。あたりが農地に面したその場所に「スプレッド」の植物工場「亀岡プラント」はある。スプレッドは、屋内の垂直型農場を利用して季節や気候にかかわらず農産物を栽培する目的で亀岡プラントを2006年に設立。以来、世界中の食料インフラを改革するシステムの基盤を築いてきた。そして毎日21,000株のレタスを生産する広大な植物工場を開発した。同工場は、戦略的に主要高速道路のすぐそばに建設されることで効率的なインフラ構築が成され、全国約2,400箇所のスーパーで販売されている。
この亀岡プラントの成功を踏まえ、2018年秋には、最新の植物工場である「テクノファームけいはんな」が開設される。場所は京都府木津川市にある、けいはんな関西文化学術研究都市内。この場所から、スプレッドの次なる使命の第一歩が踏み出される。この新しい工場では、LED照明から環境制御システムまで、屋内垂直農場向けに設計されたさまざまな技術を活用し、1日あたり30,000株のレタスを生産する。テクノファームでは、この栽培プロセスの大部分を自動化し、人件費を50%削減する予定だ。工場では農薬を使用せず生産し、工場内のすべてのスタッフは、マスク、帽子、クリーンスーツを着用し、作業部屋に入る前にエアシャワーを通過する。栽培プロセスの自動化は、人件費削減の実現だけでなく、衛生面の強化や維持においても、重要な役割を果たす。品質管理などの細かい作業には人の手が必要とされるため、100%完全な自動化ではないものの、この自動化レベルの工場によって、品質もオペレーションも安定させることができる。
スプレッドでは、レタスの生産量を1日50万株(国内市場の10%)を目標とする。そのためにも、工場間のIoT技術の統合は重要なプロセスだ。IoT技術を活用することで、年間を通してデータを分析することができる。つまりは、 このような植物と収量の分析を通じて、最適な野菜の栽培条件を導き出せる。この知識・データは、彼らが今後開発する新しい工場と共有できるのだ。

Techno Farm™では、センサーで収集した栽培データから、最適な栽培状況を抽出することで収量予測を基にした高度な生産管理を目指す。また、各拠点から集まるビッグデータにより分析精度が向上し栽培に必要な熟練の経験値を、瞬時に世界と共有し、再現することで、無駄のないスマートな生産が期待できる。IoT、AIといったテクノロジーがTechno Farm™をはじめスマート農業を加速させる。
いまや“畑”は屋外にある広大な敷地に拓かれるものだけではない。むしろ外にある畑は、天候や野生動物による病気など、外的要因により被害を被る可能性が高い。一方スプレッドの自動化された工場は、最小限の敷地で収穫量を大幅に増加させることができる。それだけではない。きめ細かく管理された環境で生産された野菜の歩留まり率は、その生産物の約97%を市場に送り出す。いわゆるハネモノがほぼなく、 一定した生産ラインを実現した。それは、供給者である農家に生産の新たな可能性を与えるとともに、常にタイムリーかつ新鮮な野菜を必要とする、スーパー、レストラン、ホテルといった場所にとってはソリューションのひとつとなり得る。「いつでもどこでも、誰にでも、食料への安全なアクセス」を提供するという同社の使命は、机上の空論ではなく、現在の食料システムを再構成することへ先頭を切って進んでいる。
スプレッドは、青果物流を専門とするグループ会社の株式会社クルーズによってどのように食品が配分されるかに基づき効率的に日本全国の小売業者に、直接届けている。必要な場所に的確な量を供給することで、野菜の供給過多や不足を減らし、価格の変動も抑えられる。
毎日何万株もの野菜を収穫している大規模な工場では、単に地域の消費に依存するだけではなく、効果的な流通が成功への根本的な鍵になるということ。 その流通網は、都市生活者にとってもっとも影響を受けやすい部分であり、目をそらすことができない現実だ。
亀岡プラントのような植物工場は、特にレタスなどの葉野菜の生産において今、そして将来さらに大きな役割を果たす。この安定した生産と効率的な流通は、これから野菜工場が当たり前の存在になるためにも欠かせない要素だ。しかし、技術はもちろん、生産環境の創造に関連する経済的観点から見ても、太陽光や土壌のない独自の「生態系」においてあらゆる種類の作物を育てることにはまだ至っていない。この栽培様式が広範囲の作物に適用できるか。そしてどのくらい工場生産された生産物が、食卓で私たちの食生活の主役になるかどうかが、将来の持続可能な食生活においての決め手となるだろう。

グローバルな可能性
2050年までに世界の人口のほぼ70%が都市部に住むといわれている。だからこそ、持続可能な都市設計が必要だ。都市農業愛好者から技術スペシャリストに至るまで。食料の生産・流通を提案するスマート農業の革新的なソリューション。
日本の農家の平均年齢は現在67歳。植物工場の存在が、都市への食料供給だけでなく、生産に携わる人々の生活を変える可能性がある。IT起業家である岩佐大輝氏が温室でイチゴやトマトを栽培するための自動制御システムを開発したという、東北地方での事例がある。地元の農家の知識を中央のデータベースに移し、最適な栽培条件を達成するために温度、湿度などの変数を調整するシステムを構築。専門知識を捉えることに加えて、2011年3月11日の東日本大震災における津波の被害よって深刻なダメージを受けた農地、宮城県を拠点とする地場産業も復活させた。海外でも同様の施設を設立し、日本の農業の専門知識と、新鮮な日本産の栽培能力を共有している。
世界各地でも、新しい農業における開発、導入は加速を続けている。ベルリンに拠点を置く垂直型農業のスタートアップ「Infarm」やロサンゼルスに拠点を置く植物肉工場の「Beyond Meat」などの企業もそのひとつだ。持続可能性、食糧安全保障、倫理などの理由で、従来の農業では叶わなかった作物を高い品質で生産するという可能性を見出している。しかし、こういった変化が、今日の農場や農家に及ぼす課題への決定的な解決策になっているとはまだ完全にはいえないだろう。農地を土地から分離すること=工場生産は、東京のような巨大都市において、食料生産への新たなアプローチを提案すると同時に、そこで生活する私たちと食の関係性を、社会的、文化的、環境的というさまざまな観点から考えなおす大切なきっかけとなる。その意義は未来の農業への実践とともに進化していくだろう。

べルリンの屋内乗直型農業
ドイツ・ベルリンで設立されたInfarmは、ラボとして使用していたトレーラーから“屋内垂直型農場”のシステムを開発。モジュラー型生産ユニットは、都市生活者の身近な場所、スーパーやレストラン、オフィスやショッピングモールなどに設置。有機栽培により市販の野菜と比べて40倍以上の栄養素を含む野菜が、毎日半永久的に収穫できる。
レタスが最適な理由
植物工場では栽培のための最適な環境が必要であり、そこで育てる野菜の形状にも制約がある。標準的な工場ユニットの高さは約40cm。約30cmまでで根から葉先までをすべて食べることができ、低照度かつ高栽植密度で成長しやすい植物が最適だ。よって現在は、レタスなどの葉野菜やハーブが、植物工場での栽培に適しているとされている。
メディアラボの農業用ソフトウェア
マサチューセッツ工科大学メディアラボの研究プロジェクト Open Agriculture Initiative(Open Ag)は、独創的な食料システム、テーブルトップサイズほどの「パーソナル・フード・コンピュータ」を開発。オープンソースのソフトウェアで、家庭菜園や工場など様々な規模に応用が可能。場所や時期を選ばずに誰もが自分専用の作物を栽培することができる。テンプレートを自由にダウンロードできる新たな農業のコミュニティだ。
農業とビッグデータ
植物工場の背景にある工学的なノウハウがあるからこそ、季節や気象、土壌の条件にかかわらず栽培することができる。そしてそれと同時に植物の栽培に関する膨大な量のデータ=ビッグデータの集積が、未来の農業にとっての貴重な資源である。各工場がそれぞれ独立して機能するのではなく、スマートネットワークを構築することで、各工場のセンサーやIoT技術が情報を分析。リアルタイムで環境に対して調整を行うことなどができる。ビッグデータのあり方は時代とともに進化し、システムそのものが最適化を行うので、常に高品質の生産物をつくることへの大きな役割を果たしている。このような作物の育て方に関するさまざまな知識を得るのは壮大な試みだと思うかもしれない。しかし、この新しいスタイルの食料生産が当たり前になる日はそう遠くないだろう。
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