
銀座散歩の楽しみは、メゾン・エルメス抜きには考えられない。いつ訪ねても、たとえ遠回りになっても、私はレンゾ・ピアノ設計によるタワーの目の前を通り、そのウィンドウ・ディスプレイをチェックするようにしている。正面のウィンドウは定期的にアーティストやデザイナーによる新しいディスプレイを見せてくれるが、特に印象的だったのが、デザイナー・藤城成貴による遊びをモチーフにしたものだった。斜めに設置された板、転がるボール、回る螺旋などを組み合わせた色鮮やかなディスプレイは、彼が生み出した世界そのものだった。ゲームの創造性や職人芸を詰め込んだだけでなく、遊ぶ、ということに対する極めて人間的な欲求に訴える魅力で満ちていた。
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今年の初めごろ、世界各地のデザイナーや作り手が参加するBasketclubプロジェクトの一員として藤城が加わった。ジェイミー・ウルフォンドとアドリアナス・クンダートによってスタートしたこのプロジェクトは、与えられた絵文字を元に参加者たちがバスケットを作る、というもの。週ごとに与えられるチャレンジに対応し、様々なものを入れる容器を編み続ける−−東京を拠点とする藤城にとってそれは、ロックダウン下の街で創造性を持続させる場となっていく。BasketclubのInstagramアカウント上で発表される彼の新作を追っていると、魅力的なそれらの作品に遊びの片鱗が見え隠れし始めた。
IID 池尻ものづくり学校の一部屋を拠点として10年以上が経ち、藤城のアトリエには様々なプロダクト、プロトタイプ、そして資料があふれている。壁一面がアーカイヴになっており、出版物のほか、即興的な制作によるサンプルやその素材が詰まった容器、そして手作りの模型やプロトタイプを収めた背の高いショーケースが並ぶ。
それらがぎっしり詰まった壁を背景に、時には多岐にわたる蔵書を手掛かりにしながら、私たちは対話を続けた。積まれた本の山から一冊を引き抜きながら、彼が好きだという、鉄の自転車用かごがフルーツや野菜、カトラリー類の収納として再利用されている画像を見せてくれた。ありふれたものが持っている機能を別の、思いも寄らない用途に使うことに興味を持った彼は、まずロープで編んだバスケットを作り、そこからバスケットの可能性に魅了されてゆく。
「インテリアに於いて、バスケットというアイテムは、遊びを盛り込める自由な存在であると思っています」と、彼は2017年の個展『Baskets』に寄せた文章で書いている。ホームセンターで見つけた素材を使い製作したそれまでの作品群の流れを汲みつつ、彼は実用的なバスケットを作り始める。それは、タイルカーペットやビニールシート、巾木などを素材に、ケーブルバンドや紙バンドを留め具としたものだった。
Basketclubによってその試みを継続する場を与えられたことにより、藤城は自身のスタジオにある素材を使って即興的にバスケットを作り始める。まず、紙バンドを使い、編み込まれたバンドがまるで小さなボートの枠組みを思わせるオレンジ用のバスケットを作成した。ポリエチレンのシートやロープ、庭用の格子棚などの実験的なバスケットを作った後、再び紙バンドで手のこんだ鳥籠を作るに至っている。
「日常的にいつでも手に入る素材を用いて、アイディアと技術によって、価値あるものを生み出す、ということに惹かれています」と藤城は言う。
会話が終わろうとする頃、藤城が長年集めてきたというゲームのコレクションを見せてくれた。20世紀初頭のパズルゲーム、ボールを転がしたり、輪などを動かす手のひらサイズのゲームなど、コレクションはさまざまだった。それらが持つ今も変わらぬ魅力は、純粋なシンプルさに他ならない。説明書も必要なく、目を惹き手を伸ばしたくなるデザイン。何よりもそれらのゲームは、あなた自身がいなければ完結しない。
藤城のスタジオを後にして、私は工芸とゲームの類似について考えていた。工芸品が後世に残るためには、その魅力が色あせないこと以外に、数世代に渡って大切にされるデザインであることが重要だ、とある職人がいつか話したことを思い出す。遊びを、子どもやゲームの世界に閉じ込めることは簡単だ。しかし考えようによっては、若者にも老人にも、誰からも愛される工芸品の基礎となるアイディアがそこにはあるはずなのだ。
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Basketclubはクリエイティビティを生み出す、そしてデザイナーたちがアイディアをシェアする場としてスタートした。オレンジや猫、バゲットなど、第一段は週ごとに出される6つの課題で構成された。プロジェクトが脚光を浴びたことを受け、最後の課題は誰でも参加できる形式としたところ、世界各地のデザイナーや作り手によって80以上バスケットが作られた。第二段はより多くのデザイナーが参加し、7月24日にスタート予定。
このテキストは、ものづくり文化についてのニュースレター「The White Paper」の二号です。ニュースレターの登録はこちらから。
数年前から私は東京の東側を定期的にサイクリングしながら、自転車用のシティガイドを作ろうと様々な地域の名店や名所を見つけていった。自転車のスピードは町のリズムと同調し、町の工房や小さな工場といった製造の現場がよく見えるようになった。そしてそれらが日常の一部になっていることに惹かれていた。
森への旅路
June 10, 2020
日本のものづくり文化は豊かな伝統、細部へのこだわり、そして技巧の絶え間ない探究によって成り立っています。職人たちを現場で長く見ているうちに私は、彼らの仕事の根底にある哲学に惹かれるようになりました。彼らにとってものづくりは職業というだけではなく、生き方のひとつなのです。
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